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びんぼ~考察 贅沢、ということ・・・・有難い、ということ・・

沙羅.

沙羅.

このところ

移住に、っていうだけでもないんやけど

あれこれ処分というか、始末していて




そんな中でも過去・・・のもの

手紙であるとか写真であるとか

そんなものを最終的にどないかしとかんとアカンな、って思ってね



ただ・・・生涯絶対処分しないもの・・・・

これはアタシのある意味の十戒、とでもいうのか

思いあがった時に見るモノ・・・と

大事にとっておいたおばぁちゃんの母ちゃまへの手紙・・・・






昭和45年12月9日

ハイジの、おんじみたいな山の上の、おばぁちゃんちから

おばぁちゃんの実家がある平地(?)の、ある程度開かれた町に移住した年やね・・・
おばぁちゃんの弟・妹が「もう無理しないで引っ越して戻っておいで」と
そう言って誘ってくれたんやゎ






毎日寒い事で御ざいます
この間はお手紙送金ありがとう
少し働いて居たのに無理をして送ったのでせう
食べる方では余り無理をしないで下さいよ

〇〇〇の制服ですが ぬってやらねばと思ひたら あれを着させて居りました所
〇〇のおばさんが見兼ねたのか買ってくれたのです
私は店にあるとは知らないからぬはねば途中では仕方がないと思って居りました

それで時にぬわなくても良いから・・

早く便り、と思ふても どうやら落ちつかずおろおろしております
お風呂も出来上がり 夕べ初めてたきました
こんどは元気を出して上のヒラに一間建てる様になれと、言はれて居ります
今のままでは少しセマイから二カイ建てにして六ジョウ位は建てる土地があるそうです

だい所も〇〇の事を思へば便利です
水道も前の井戸から上げたので水も良いし割合暖いです
町のより安くてすむらしいです
月二百円位はカクゴをしておれと言はれてました 町の分が400円です

〇〇もまだ仕事のほうへは行って見て居りません
今迄おぢさんの手傳をしていましたのです
今日は色々と用事があるので〇〇から〇〇へ廻って帰ってくるでせう
米やたき木をはこぶべくしなければなりませんのでな

(沙羅.)の上衣二千九百円もしていました
それに すかーとと白のセーター ストキングと皆んなそろえて
送ってくれたので大分入って居ります
〇〇のも同じ様に・・

小遣も(沙羅.)にと三千円入れてあったので〇〇と半分に分けさせました
私にもくれるし ボーナスは皆んなとんだと思ひます

動けばいること計り・・
もう、今から動くのはやめねばなりません・・・


(中略)






畑を〇〇の田の上にあるのを作ってもよいそうなので
野菜を植えられます
小さいけど道のへりなので少しでも買はずにすむと助かるからな・・
内職をしても それを買っては同じになるから本気で作る事にします

まぁ、子供としてはとても楽をして居ります 案じないで下さい
体は大切にして下さいよ

               △△△

□□子様




何回読んでも・・・

アタシ、知らないふりをし続けててゴメン・・・・

そう思う・・



13歳まで
水道もガスもなく
ホンマにハイジみたいな暮らしをしてた

ほんで・・・
おじいちゃんも、とうに亡くなって
おばぁちゃんは頑張って山のめっさ小さい棚田を守ってお米を作り
母ちゃま・ちゃぁちゃんは大阪で働いて
アタシと従妹を育ててくれてた


もう農業も無理・・・というころ
おばぁちゃんの弟・妹が住んでる、おばぁちゃんの実家傍においでと
そう声がかかって・・・移住

8畳と3畳だけでお風呂もない平屋
引っ越し当時は屋根だけがある台所やった・・・・

それでも
少しいけばお店もあり
学校に普通?に歩いて行ける
(前は山を下りて歩いて行ったらスクールバスで中学校まで行ってた)
ガスも水道もある!!

そんなアタシらにとっては文化??的な暮らし


けど・・・・

それでさえも
アタシは当時、贅沢な事思ってて。。。。

母ちゃまや、おばぁちゃんが寝ずに働いてたお金で
皆のマネ?をして少女雑誌を買い・・・遊んでた
休みには友だちと遊んで買い食いしてた・・・・・



おばぁちゃんが内職で必死に貯めたお金でお風呂をつくり
水道からお水をためて焚ける初めてのお風呂・・に
感謝すらしなかった・・・・・
(山にいたときは湧水をおばぁちゃんが何回も汲みに行き薪で焚いてた
大雨が降るとお風呂には入れなかった・・)


移住してお金がなくて
野菜を買うのも微妙で・・・
安いもやしばかりを買ってて
で・・・
いわゆる(汲み取り)のトイレからコヤシを運んで
弟から借りた猫の額くらいの畑で野菜を作ってるおばぁちゃんの姿を

同級生に見られ・・・・恥ずかしいと思った・・・・・・・・
やめてや!ってゆぅた・・・・


そんな当時が
たまらなく情けない


驕ったとき
変に自身を勘違いしたとき


この手紙を読みかえし・・・

当時のおばぁちゃんや母ちゃまや、ちゃぁちゃんや・・・
そんなアタシらを守って育ててくれた人に思いをはせる


なんで・・・あの当時に
そんな感謝の気持ちや態度が出せんかったんやろ・・・・・・



恥ずかしいな・・・・




あれこれと
日々、愚痴を言い
くだらないことに腹をたて・・・
時間も人生も
無駄に過ごしてるアタシは
バカたれやな・・




ちなみにね・・・
おばぁちゃんが書いた、この手紙は
便箋を買うお金もなかったので
アタシの学校で使って余ったノートの白紙部分です・・・・



【あ・・・たぶん内容が意味不明やろな~・・て考えて(-_-;)
アタシ3歳、父が事故死して母が出稼ぎせなアカンくなって・・・・
で、祖母んち(めっさ過疎地)にあずけられて育った
アタシ6歳んときに母の妹(現ちゃぁちゃん)も結婚相手の激烈DVで子供の命も危ない状態で離婚し
従妹(当時1歳)と一緒に祖母んちで姉妹みたいに暮らすことになる・・・

っつぅ布石あんねん・・・・・ゎ

激烈過疎地・電気のみあり、車なんぞなし 山を上り下りして学校や役所・買い物も行く・・
ってな地域やった けっこう停電も多くて・・・なので電化製品はほぼなかったw

祖母は激烈恋愛結婚(当時はめっさ珍しい)で・・・1年お願いに通ったら結婚許す!という
曽祖父の言うことに同意して、まぢ1年間山を上り下りしてお願いに通った祖父のラブ・・・・

で。。。。山の中の2軒家(ウチ&上の家)に嫁入り
しかも・・・・
その家ってのは
江戸時代、上司(奉行所のエライ人)の奥さん(奉行所下級で奥さんになる人と結婚できなかった)と
駆け落ちして家臣と山中に逃げた・・・のがご先祖・・・
なので、蔵にはお籠やたくさんの長持、裃、十手などなど・・があるオウチでした・・・

たぶん・・・DNA的に
ウチは、そういう家系らしい・・・・・・(-_-;)

市中引き回しのうえ獄門・・・・・
そんなことあり~のやのに、初恋全うした江戸のご先祖やら
1年間山道を通い詰めてプロポーズしたおじいちゃんやら・・・・】

以上、追記。。。。。(^_^;)




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Comments 18

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BT-50
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こんにちは。
これ読んだら何か切なく感じたのう。昔の人の苦労話をワガママ言うて今となっちゃあ何て理不尽な事言うたんじゃろと反省させられた感じじゃのう。

とらまるにゃん
No title

私のおばあちゃんちも相当な田舎だったけど…小さい頃はランプだった記憶が…。
もっとすごく大変な生活だったのね(◎_◎;)
むかしの人は自分のいる環境を素直に受け入れていたように思います…。
空の上でおばあちゃん…ニコッて笑ってると思うよ。
素敵なお婆ちゃんだったのね(*^^*)

ぶっちゃん
No title

おばぁちゃんさんのお手紙を拝見して
なんだかとっても
温かい気持ちになりました
そんな幼少時代を過ごした沙羅.さんなら
新天地での暮らしも しっかりと地に足つけて
やっていけそうですね

志乃2
No title

これは捨てられない。大事な宝物ですね。私も小学校4年迄、電気の無いランプ生活でした。初めて電灯が付いた生活を今も覚えてます。さら,さん田舎での暮らしは、大地に足を踏ん張ってハイジバァちゃんですね。

すずらん
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今晩は。
昔のご先祖様たちは我慢強く生活してましたね。このお手紙はおばあさまとお母様の愛を感じますね。本当の宝だと思います。
私も母が苦労していたので、今も生きていれば親孝行できたのにと
いつも後悔してます。

さら.
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>BT-50サン~・・何気に貧乏で苦労をしているんはわかっててんけど
どこかでそれを認めたくなくて。。手伝いもせず勝手してたなぁ・・と恥ずかしい

さら.
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>とらまるにゃんサン~・・自宅の水道から水が出て、冷蔵庫で冷たいお茶が飲めたときはビックリしたゎw
そう思うと何でも手仕事でやってたんやなぁって・・
たいした事もできてない自分が恥ずかしいな・・(-_-;)

さら.
No title

>ぶっちゃん~・・ありがと
ある意味、今となってはそれなりの不便さや手間も平気になれそうかもね
食べるモンなかったら野山にめぐみがあるから、何とでもやってけそうww

さら.
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>志乃おねぇちゃま~・・大事やね、これ・・・
ランプはアタシ経験ないねんけどね、かろうじて電気通ってたから
(めちゃ暗かったけどw)

田舎のハイジ暮らしは・・・ウチの(おんじ)がアテにならへんからなぁ・・・・ww

さら.
No title

>すずらんサン~・・コメントありがと~ございます♪
あれこれ苦労は知っていたのに見て見ぬふりをしてた自分を反省です。。
結局、祖母にも母にも何もできませんでした
唯一、今いる叔母にできることを・・と思って動いています

ぽっぽnekochan
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こんばんは~(*^_^*)

それを振り返って、反省や戒めにと思うさらさんが、

私はスゴイ人なのだと思います。

さら.
No title

>ぽっぽねこちゃんサン~・・いや。。。(-_-;)
当時に手伝うことや、感謝することができなかったのでね。。。
今更・・ですゎ・・

美月
No title

泥水をすするようにして、子供を育ててきた。
昭和40年代って、まだそういう時代だったんですね。
そんな親や祖母の姿を恥ずかしく思う・・・子供だもの、そういうものだ。
私も似た境遇、環境です。

とり課長
No title

軽々しくコメントできないけど…
有り難さを知るということは人としてすごく大事な事ですよね。

お手紙大事にしてください。

さら.
No title

>美月サン~・・片親がいない子が殆どない時代だったので余計かな
それにアタシ、けっこ~とんがってた時期だしね(-_-;)
いい子じゃなかったなぁ・・あの頃

さら.
No title

>とり課長サン~・・コレはほんまに捨てられへんゎ・・
何十通もあったけど、他は燃やしました
この一通だけでも十二分に十戒になるもん(^_^;)

kao*****
No title

いやいや、しょうがないって
思春期の頃は他人とどうしても比べちゃうから
「何で私だけ?」って気持ちになるのは当たり前です
誰にでも人には言えない壮絶な体験ってあります
(言わないだけでね)
私は蓋しちゃってます

さら.
No title

>かぉちゃま~・・う~ん(^_^;)
ま、今からやり直せないから仕方ないケドね
せめてちゃぁちゃんだけにでも恩返し・・・かな